“秋の風”が、まだ暑い。──暦と体感のすれ違い
先日、7月下旬にセミナーを開催した折、
ふと話題に出したのが「暦のうえの季節」についてでした。
まもなく迎える8月7日は、二十四節気では「立秋」、そして七十二候では「涼風至(すずかぜいたる)」──
盛夏のさなかに、ひとすじの涼しい風が立ちはじめる頃とされています。
……とはいえ現実の体感は、まだまだ「熱風至」と呼びたくなるような連日沸騰状態。
風は吹けどもぬるく、木陰でさえ汗が引かない。
暑さというより“熱さ”がまとわりつき、涼風の便りなど、どこか遠い国の話のようです。
そんな日常に「秋です」と言われても、心の準備がなかなか追いつきません(笑)。
季節の一粒に、風を込めて──和食店主の感性
セミナー修了の数日後、8月朔日。
姶良市の行きつけの和食料理店を訪れたときのことでした。
店頭のディスプレイに、涼やかな和菓子が一つ、そっと飾られていたのです。
「今日は“大暑”に合わせた和菓子です。24節気に合わせて、24種類の創作をしているんですよ」
店主の口調は穏やかで、けれど奥にある感性の深さに、思わず感嘆。
この“微妙な季節感”を菓子で表現しようとする姿勢の素晴らしさ!
この店主の感性が、料理の斬新なアイデアと繊細な味付けに見事に表れているのは、言うまでもありません。
季節のほんの小さな移ろいを、目と舌の両方で“感じさせてくれる”料理──
それこそが、この店の静かな魅力です。
つい調子に乗って「72候分も作ってみては?」と無茶ぶりしてみたら、
店主は苦笑しながら「それはちょっと…」と首をすくめていました。
けれど、そのやりとりそのものが、季節という“言葉”を通した、ささやかで心地よい風のような会話でした。
ひと言が、心に風を通す。─“涼風至”という芸名?
言葉には、風を通す力があります。
先ほどのセミナーでも、そんな瞬間がありました。
私がふと、「八月に入れば、まもなく“涼風至”の頃ですね」と話したとたん、
ある女性参加者が目を輝かせ、前のめりに反応してくれたのです。
「えっ、“涼風至(スズカゼイタル)”?
……まるで宝塚のトップスターみたいな名前じゃないですか!」
(実は彼女、筋金入りの宝塚ファン)
セミナー終了後のアンケートには、こんな一言が添えられていました。
「私、これからの芸名、涼風至(スズカゼイタル)にします!(笑)」
芸名??
思わず吹き出してしまいましたが、同時に──
言葉ひとつが、誰かの心にふっと届く場面に立ち会えた気がしました。
通常のセミナーアンケートでは、こうしたくだけたフレーズは珍しいもの。
でも、私のセミナーは
「自由に発言していい」「どんな言葉も歓迎される」
そんな安心・安全・ポジティブな場を目指しているからこそ、その一言が自然と生まれたのだと思います。
誰かの中に、ふと風が吹き抜けるような瞬間。
それは、こちらの意図を超えて、思いがけず起こるものなのかもしれません。
72通りの“言葉の風”を、あなたのそばに。
ふだん私たちは、
言葉を「伝える手段」として使いがちです。
しかし、言葉にはそれ以上の力があります。
誰かの心に、そっと風を吹き込むような、そんな力です。
「今日は、風が通ってるね」
「その言葉、なんだか涼しいですね」
そんなやり取りが自然に交わされる場所には、
人が集まり、空気がやわらぎ、思いが動き出す気配があります。
言葉は、風の通り道。
人の心にも、日々の暮らしにも、静かに吹き抜けていくもの。
72種類の和菓子をつくるのは難しくても、
72通りの“言葉の風”は、自分で選ぶことができます。
かけるひと言に、心の呼吸がふっと深まるような、そんな風を吹かせていきたいですね。