今月、金融庁金融審議会市場ワーキンググループの報告書が、「老後資金2000万円問題」
としてにわかにクローズアップされています。
そこで、今回は「片棒」を取り上げて、ファイナンシャルプランニングの重要性について
考えてみたいと思います。
1.「片棒」のあらすじ
日本橋石町の赤螺屋吝兵衛(あかにしやけちべえ)さん、その名の通りケチ一筋、
一代で身代を築き上げた人なのですが…。
その吝兵衛さんがある日、ふと思う。
吝「俺が死んだ後、この財産がどうなるか気になるな、
そうだ、『わしが死んだら、どういう葬式を出すんだ?』と三人の伜にそれぞれ聞いて、その返答次第によって一番見所のあるヤツに財産を譲ることにしよう。」
…で、この吝兵衛さん、長男の松太郎、次男の竹次郎、三男の梅吉と順に呼び、一人ひとりの考えを聞く事にしました。
長男の松太郎
吝「お前な、もし、お父っつぁんが死んだら、どういう葬式を出すんだ?」
松「そうですねぇ『この途方もない身代が、あんな葬式しか出せないのか』と後ろ指を差されるのはシャクですから、すべて特別あつらえの豪華版の葬式ってえのはいかがでしょう。
通夜は二晩行います。
お寺もわが菩提寺では小さいですから本願寺あたりにして、弔問客のお昼ごはんは、黒塗り金蒔絵の重箱三段重ねで…」
吝「馬鹿野郎!! とっとと消えろ!! お父っつぁんはな、お前が死ぬまで
決してあの世には行かないからな…」
次男の竹次郎
そこで次男の竹次郎を呼んで、
吝「お前な、もし、お父っつぁんが死んだら……」
竹「なに? お父っつぁんが死ぬ? ヨオッ、ヨオッ、何しろお父っつぁんは、徒手空拳からここまでの財産を築き上げた立志伝中の人物ですから、派手に“ケチ人生”を宣伝しましょう。
そしてその葬式は、より派手な行列を仕立て、木遣り、芸者の手古舞に、にぎやかに
山車や神輿を繰り出してワッショイ、ワッショイ。
親戚総代が弔辞で
『赤螺屋吝兵衛君、平素粗食に甘んじ、倹約のみを旨とし、ただ預金額の増加を唯一の娯楽となしおられしが、栄養不良のためおっ死んじまった。
ざまあみ……もとい、人生面白きかな、また愉快なり』と並べると、一同そろって『バンザーイ』」
吝「出て行け、この野郎、勘当だっ!! 」
三男の梅吉
吝兵衛は三男の梅吉に望み(?)をつなぎ、これを呼ぶ。
吝 「おい、もうおまえだけが頼りだ。兄貴たちの馬鹿野郎とは違うだろうな」
梅「当然です。死ぬってのは自然に帰るんですから、立派な葬式なんぞ要りません。
死骸は鳥につつかせて自然消滅。これが一番!」
吝「おいおい、まさかそれをやるんじゃ…」
梅「とは行きませんから、とりあえずお通夜を出しましょう。
出棺は8時に出してしまえば会葬者の食事はいらないし、持ってきた香典だけこっちのものにすることができます。
坊主も呼ばないし、焼き場で焼いたら骨はどこかに捨てっちまう。金がかからなくていいでしょう、お父っつぁん」
吝「……」
梅「ただ困ったことがひとつだけありまして、お父っつぁんを入れた棺桶…
なんざ金がかかるから菜漬けの古い樽ン中に入れて持っていくんですが、片棒は私が担ぎますがあとの片棒を誰かに頼むと、担ぎ賃を払わなきゃいけない、それが問題で…」
吝「倅、心配するな。片棒は俺が担ぐ」
(参考: 五代目 立川談志)
2.この噺の聴きどころ
「赤螺(あかにし)」とは、サザエに似た巻き貝で、焼くとツボの蓋を堅く閉じて取り出す事が出来なかったため、何も出さない事、つまりケチの代名詞と使われています。
この父親、屋号が赤螺屋で名が吝兵衛なので、これ以上のケチはいません。
「倅、心配するな。片棒は俺が担ぐ」は、見事なケチ了見の落(さげ)です。
3.生きたお金の使い方~ファイナンシャルプランニングの必要性
ケチの代名詞は、赤螺屋以外に「六日(むいか)知らず」といういい方があります。
一(ひ)ぃ、二(ふ)ぅ、三(み)ぃ、四(よ)ぉ、五(いつ)ぅ、と指を折るのは”握る“という行為だからいいが、これが”六日(むいか)となると、小指をはなさなきゃならない。
それが嫌だから” 六日(むいか)知らず“とこうなるわけです。
とにかく徹底したケチが人生哲学の吝兵衛さん。
結局、誰を跡取りにしたのでしょうか。3人の倅の葬式プランをまず検証してましょう。
①お金の活かし方を考えよう
(葬儀のポイント)
〇長男 松太郎 ~店の体面、世間体重視
〇次男 竹次郎 ~次男自身が遊び好き、派手さ重視
〇三男 梅吉 ~父親譲りの徹底したケチ
噺の落(さげ)からいくと、父親譲りの徹底したケチぶりを披露した三男の梅吉か。
まぁ、次男ではないでしょう。
さて、長男は本当にダメなのでしょうか。
長男の松太郎は、確かに葬式に大金をつぎ込むということでは、父親のケチ人生哲学からすると怒りをかっていますが、本当のお金の活かし方、つまり、お金を出さないのではなく、使うべきところをしっかり心得ているという点では後継者として評価されてもいいのではないでしょうか。
当然ながら、お金は、生きていく上でなくてはならないものです。
しかし、本来、お金というものは人生の目的、つまりライフプランを実現するための手段であり、目的そのものではないはずです。
豊かで生きがいのある生活は、しっかりとした生活設計とお金の管理・運用があってはじめて実現するのです。
そのような観点からみると、吝兵衛さんにはライフプランに関する認識が不足しており、今回はファイナンシャルプランナーの観点から吝兵衛さんにアドバイスしたいと思います。
②まず、ライフプランを作ろう
ライフプランとは、「生涯にわたって充実した人生を送るために、将来の状況・環境の変化を予測して、現在および将来の生活設計をプランニングすること。」
そして、それぞれのライフプランにしたがって予算管理(家計運営)をしていこうとするのが、「ファイナンシャルプランニング」の基本的な考え方となります。
ただし、ライフプランは、結婚、住宅購入等の20、30代から、子どもの教育資金や住宅ローンの返済が重くのしかかってくる40、50代、そろそろ老後の生活設計の準備を始める50代後半から60代など、各世代によって抱えている課題が異なります。
そのため、個々人ごとにライフプランを見つめ直し、近い将来に予定しているライフイベントと必要資金を把握して、現状の資金計画で問題がないかをチェックし、対応策を練ることが重要となります。
大事なことは、まずライプランがあり、それを支えるためにファイナンシャルプランがあるということ。
この順序を間違ってはいけません。
4.「老後資金2000万円問題」に思う
現在の日本は、「経済成長時代」と異なり、今後ますます少子高齢化がすすみ、「成熟時代」に突入しています。
また、社会保障制度をはじめとして、“不透明な時代”の中で、安心して暮らしていくためには自助努力が欠かせないのは衆知の事実です。
野党は鬼の首を取ったかのごとく攻め立てていまずが、単に目先の政争の具にしているだけで、現状認識や論点がずれまくって議論が進んでいます。
落語でいえばまさに「こんにゃく問答」…このテーマは次回以降、改めて取り上げます(^^;)
さて、話を戻すと
今後、豊かで生きがいのある生活を実現するために、やるべき方向性を明確にしてくれるのが、ライフプランという「人生の設計図」なのです。
そしてこれにに基づくファイナンシャルプランニングが必要不可欠となっていくのです。
レベルの低い政治家まかせにせず、国民一人ひとりが視座を高め、個人の将来ビジョンを見据えた議論が必要なのではないでしょうか。
二木宏造
鹿児島の経営コンサルタント 認定キャッシュフローコーチ®
経営理念を起点にビジョンの実現に向け、経営者を徹底サポートする専門家、フィロソフィパートナーとして 鹿児島・宮崎を中心にコンサルティングを展開。
また企業向けセミナーでは「脱☆ドンブリ経営!実践セミナー」や、「明快Vノート」を活用した「実践!セルフマネジメントセミナー」等で経営者、経営幹部、管理職から新入社員まで、分かりやすく実践的な社員研修に情熱を注いでいる。